湧水を寒さで育てて収穫する、水の農業。

 
かき氷といえば夏の風物詩。酷暑の季節にはかき氷の写真を眺めているだけで救われます。特に、ふわふわに削られた天然氷に、自家製シロップを回しかけたかき氷は特別感ある一品です。今回は、東武日光駅からほど近くでつくられている天然氷の切り出しの様子をお伝えします。天然氷は、いったいどのようにして生まれているのでしょうか?

天然氷とは、湧水をろ過して採氷池に引き込み、冬の寒さを利用して自然の中でつくる氷のこと。ゆっくりと凍るため、冷凍庫でつくった氷よりも結晶が大きく、硬くなります。そのため薄くふわふわなテクスチャ−の、あのかき氷ができるのです。
 
photo by Sono/編集部
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天然氷の製造業者は全国に6軒。うち3軒が日光に。

昭和の最盛期には、天然氷の製造業者が全国に100軒以上あったともいわれますが、冷凍技術の発達にともなって衰退し、今では秩父(埼玉県)に1軒、軽井沢(長野県)に1軒、山梨県に1軒、そして日光に3軒が残っています。
今回は、日光市内の山間で天然氷をつくる「四代目徳次郎」の氷畑で、氷の切り出しを見せてもらいました。
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大正年間創業の氷屋「徳次郎」を引き継いだ四代目は、地元で観光業に携わっていた山本雄一郎さん。先代が廃業を考えていた折に「日光の素晴らしい文化、氷づくりの伝統を後世に残したい」と通い詰め、2006年に氷づくりを継承したといいます。今は息子の仁一郎さんを中心に、ボランティアのメンバーも氷づくりを手伝っています。

天然氷“収穫”の一部始終、見せます

1月下旬から凍り始めておよそ2週間。1日に数ミリずつ厚みを増す氷が、厚さ15cmに成長するタイミングが切り出しの目安です。
photo by Sono/編集部
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氷の厚みが伸びていく間は、天気予報とにらめっこの日が続きます。薄氷が表面に張り、その後、寒さとともに下に厚みを増す氷が育つ間も、落ち葉を掃いたり、表面に食い込んだ落ち葉や枝を削り取ったり。美しい氷をつくるには、自然の力と人の仕事が不可欠。その様はまるで作物を育てる農家のようで、「四代目徳次郎」が自らを「アイスファーマー」と表現するのも納得です。
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寒気が強まり氷も成長した2月1日、「明後日の早朝に氷を採ります」と連絡が入りました。朝5時。まだ朝日の登らない採氷池にライトがあたります。池の氷には、長辺約60cm、短辺約40㎝の格子状に線が引かれています。こうすると1個およそ40ℓの氷が切り出される計算。この池で約1000個近くの氷が切り出されます。
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まずは池の外側2辺の氷を切り離すことから作業はスタート。朝日が山あいから登り、東の空を紅く染める頃、特注の氷切り機の音が響きはじめます。
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キュイィィーーーン……。
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氷面に朝日が映り、それは幻想的な風景。透明な氷だからこその、この時期にしか見られない景色です。

氷を使う人もお手伝い

空が明るくなるに従って、続々と人が集まってきました。
「かき氷を出しているカフェの店主のほか、興味があって来ましたという異業種の方も多いんです。今日は北海道、広島、千葉からも来ていますね。あんなに寒い北海道でも、天然氷は作れないらしいんです。雪が多すぎて氷を割ってしまうみたいで」と仁一郎さん。
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いよいよ、上の池から切り出しが始まりました。引かれた線に沿って、回転ノコギリで氷を切っていきます。
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危険の伴うこの作業を指導するのは、四代目と長いお付き合いのあるボランティアの方。登山の困難度ではエベレストを上回るというK2にも登頂経験のある登山家なのだそう。
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「地元の方や遠方からの方、色んな職種の方がここで交流することが楽しい」と四代目は目を細めます。天然氷に魅せられた人々の緩やかな共同体が、日光の天然氷文化を守っているというのも印象的な一コマ。
そして木材と竹材で作られたレールのようなものが池のそばに設置されました。そう、これは切り出した氷を運ぶレール。
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「竹は裏山で、木は木材として使われる日光杉の余り材を使わせてもらっています。緩やかな傾斜で氷が滑り降りて氷室まで到着する仕組みです。地域の資材のみを使って、CO2も出ない。エコなシステムでしょう?」(仁一郎さん)

天然氷は貯蔵方法も(ほぼ)天然

山肌に沿ってつくられた氷池の先に見える小屋が「氷室(ひむろ)」です。厚い壁で覆われた氷室には冷却装置はおろか断熱材もありません。
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氷を並べる際に、壁側には溶けてもいい氷を置いて、商品になる氷を囲って守るのだとか。ここにぎっしり氷を詰めて、隙間に「おが屑」を入れることで夏まで氷を保存しています。このおが屑も日光杉を木材にする際に出たものだとか。
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氷を池から引き上げる人、竹レールにのせる人、池に残った氷を集める人、氷室で氷を積み上げる人……。作業が進むにつれ、それぞれの人の息が合っていきます。
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「四代目徳次郎」にとって、切り出しの作業は収穫のようなもの。マイナス6℃の寒さに耐えながらの作業にもかからわず、全員の表情が明るいのは、収穫の喜びがそこにあるからなのかもしれません。
 
Text/Reiko Kakimoto