日光の「棚田」を守るやさしい人たち。

「棚田」を見たことがありますか。都心に住んでいると、なかなかお目にかかることはないかもしれません。かつては日本各地に存在していましたが、生産効率が悪いこともあって近年その数は減っています。栃木県の日光で江戸時代から続く棚田を守る農家にうかがいました。

一般的な田んぼが平野に広がっているのに対し、山の斜面に階段状につくられているのが「棚田」です。「傾斜1/20(水平方向に20mすすんだときに1m高くなる傾斜)以上の土地にある水田」と定義されています。
Photo by Kaoru Yamada
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「棚田」は地域の共通資本

山中にある棚田でつくられるコメは、水源が近いために清らかな水で育ち、昼夜の寒暖差が大きいので時間をかけて成熟します。そのため上質なコメができるとされますが、棚田の長所はコメの品質にとどまりません。
棚田は雨水を蓄えて、土砂崩れや鉄砲水といった水害を予防する役割を果たしています。稲作を放棄して荒れ地になれば、シカやイノシシによる獣害がますます広がることも懸念されるでしょう。土地に住む人々を守るために不可欠な共通資本と呼べる存在なのです。
しかしながら、その実態は過酷です。一区画あたりの面積が小さく、山の斜面にあるので大型の機械は入れられません。自然に近い状態なので雑草や獣害にも悩まされます。田んぼが点在しているので移動もたいへんです。一般的な稲作にくらべると何倍もの手間ひまがかかるので、年々担い手が減っているといいます。
Photo by Kaoru Yamada
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栃木・日光にある八木澤ファームの八木澤裕史さんもおそらく江戸時代から続く棚田を継続することに消極的で、一度は看護師の仕事に就きました。それでもまわりの同業者がつぎつぎに廃業して美しい棚田が荒れ地に変わる姿を目の当たりにし、かけがえのない自然や景観と地元住民の生活を持続するために先祖が代々守ってきた棚田を引き継ぐことにしたのです。漫画家志望だった奥さんの奈々子さんもその思いに共感し、いまは家族全員で棚田の世話をしています。
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辛くてもおおらかに、前向きに

八木澤ファームは、男体山や女峰山などからなる日光連山の東側に位置しています。数ヵ所に点在する田んぼの総面積は30町(約30万㎡)。水源は二宮尊徳が幕府の命を受けて敷設した「二宮堀」と呼ばれる用水堀(路)です。
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八木澤ファームの水田と深い緑におおわれた山々を望む景色は、日本人が共通して思い浮かべる田舎の原風景と一致するのではないでしょうか。
八木澤さんたちが育てているのは、おもに大粒で甘みの強い「とちぎの星」です。5月に田植えをし、10月ごろに収穫します。その間は雑草を取り除き、シカから稲を守る毎日です。先日も八木澤さんの父親が扱う草取り用の機械が高所から転落し、あわや大惨事ということがありました。
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こんな非効率で危険な仕事は、やらないほうが頭がいいんだと裕史さんはいいます。そんな過酷な状況に向き合っているのにもかかわらず、いやもしかしたら過酷だからこそ、八木澤夫妻は笑顔を絶やしません。自然に逆らっても仕方がない。おおらかに、でも前向きに。2人からはそんな達観した姿勢が感じ取れます。

ジェラートも菓子もカフェも

八木澤ファームではコメ以外にも在来種のソバを10町程度の畑で栽培しています。自分たちで育てたコメやソバを原料にしたポン菓子「にこぽん」、宇都宮大学農学部が開発したコメ「ゆうだい21」を使った「日光八木澤ジェラート」も開発しました。ほかにもハバネロを栽培して調味料として販売したけれど、辛すぎてあまり売れなかったり。八木澤さんは棚田を存続するためにあの手この手を講じていて、「棚田米」や菓子類はホームページから通販で直接購入することも可能です。
Photo by Kaoru Yamada
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週末には、裕史さんの母親が近くの日光市原宿でカフェレストラン「ふるさとの家 百笑(ひゃくしょう)」も営業しています。棚田米を使ったごはんやおにぎりと、昔からこのあたりの農家で食べられていたという滋味深い「百笑汁」、「モロ」(サメ)を使った栃木の郷土料理、米粉のホットケーキなどを提供しているそうです。
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百笑を訪れて彼らが苦労して育てたおいしいコメと、雄大な日光の自然を体験してみてはいかがでしょうか。なお、東武鉄道の特急「スペーシアX」運行開始を記念して販売するお弁当にも八木澤ファームのコメが使われています。(※お弁当は現在終売しています)
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Text/Tetsuo Ishida
※東武鉄道の新型特急「スペーシアX」の運行開始に合わせ2023年7月より販売を開始した「X Premium」(スペーシア X スペシャル弁当、スイーツ「天空の湖」)は、供給可能な季節が限られた希少な食材を使用していたことから現在は終売しています。( X Premium の終売について | 東武鉄道公式サイト