“関係人口”が天然氷を育てる。

東武日光駅は男体山や女峰山をはじめとした、2300mから2500m級の山々から成る日光連山への玄関口。そんな山間の地で天然氷をつくる「四代目徳次郎」。原料は湧き水、それを凍らせるのは自然の力、その途中で人の手が入ることで天然氷は育ちます。氷づくりは農業の営みに似ています。そんな天然氷のつくり手に尋ねてみたいことがありました。人はなぜ天然氷に見せられるのでしょうか?

2月、この冬2回目の氷の切り出しを終えた、日光の天然氷屋「四代目徳次郎」。「今年はこれが最後だな」と山本仁一郎さんは独りごちます。氷を採り終えたら、池から水を抜くのでしょうか?
photo by Sono/編集部
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「いえいえ、温かくなるまでこのまま水を入れておきます。この池は、周囲はコンクリートで囲っていますが、底は土なんです。土がカラカラに乾くと、元通りにするまで何年もかかってしまいます。 また地圧のバランスが崩れて、池の縁が崩れてしまうこともあるんです」
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前編でも少し触れましたが、「四代目徳次郎」は自らの職業を「アイスファーマー(ice farmer)」と位置づけています。氷づくりと農業は共通することが多いのだとか。

天然氷は「土づくり」から始まる

氷づくりはまず土を耕すことから始める、と仁一郎さん。夏は草刈りをし、池のメンテナンスをします。11月に入れば、池の水を抜き、土を耕す作業が始まります。
「私たちはここ(採氷池)を“畑”と呼んでいます。この畑を、足のすねが埋まるくらいまでふかふかに耕に耕します。そうすることで、池に張った氷が下に向かって凍って行くとき、水の膨張を土が吸収できるんです」
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冬に向かって日が低くなり、池が日中も山の影に覆われる頃、池に水が入ります。そして12月、氷点下を下回る寒い日が続くと、池に氷が張り始めます。
「『四代目徳次郎』が作る天然氷は、透明で、硬い。氷が張ってもいい状態で成長しない時は、その氷をかち割って作り直します。今年も何度もやり直しました」
あまり寒すぎてもだめだし、温かくてもだめ。ゆっくり凍ると、結晶が大きくかたまるため、透明で硬くなるのだそう。舞い落ちる落ち葉を掬いあげ、表面に積もった雪をかき除け……、そうして年が明ける頃、やっと最初の氷が出来上がります。氷ができるまでの期間は2週間から20日間。冬の間、つくれるのは2回か3回です。
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「氷の断面に層ができているでしょう。この一層が一日なんです」と仁一郎さん。その日によって、氷の成長が違うことがわかります。「この氷の一層一層に『四代目徳次郎』の人生が詰まっているんですよね。だから私は、お客様には『四代目徳次郎』の人生を買ってもらっていると思っています」

風向きと地形を緻密に計算して“氷畑”を設置する

山肌の陰に隠れるようにある「氷畑」。日中日が当たらず、脇の小川からは冷えた風が吹き上がってきます。この場所こそが天然氷をつくる上で大切だ、と仁一郎さん。
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「この土地は50年ほど前に二代目が見つけたそうです。一年かけてこの土地に通い、氷をつくるのに最適な場所だということで、この土地の3倍の土地と交換にここを手に入れました。それだけ構造的に価値ある土地と判断したのでしょう」
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まず枯れない水源があること。ほど近くにある湧水地から、直接水を引き込む構造なのです。
「日光の水って、湧水はもちろん水道水でもおいしいんです。私はここから離れた時に初めて故郷の水がおいしかったことを知りました」
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そして北を向いた斜面は木々に覆われ、日中は日が当たらず、ちょうど真北に位置する男体山から冷たい空気が吹き下ろしてくること。適度に温度が下がり、それでいて雪が積もらないこと。こうした条件と作業効率を計算し、氷畑と氷室が設置されています。

なぜ人は天然氷に魅せられるのか?

父の雄一郎さんが50歳を過ぎて天然氷をつくり始めたとき、息子の仁一郎さんは「今さらなぜ」と思ったそう。
「当時は、(天然氷づくりは)時代の流れに追いつけなかったものの名残りなんじゃないか、と思っていたところがありました」
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それでも、天然氷を残そうと氷畑に集まってくる人たちを見るうちに「こうした人の関わりこそが天然氷の良さなのでは」と感じるようになったのです。
「天然氷をつくるには、自然の力だけでなくて人の手も必要なんですよね。その中で人との関わりができる。いまの言葉で言う『関係人口』を氷が育ててくれています」
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「氷づくりって山づくりでもあるんですよね。山をきれいにすれば綺麗な水ができる。竹林を整理すれば、氷を運ぶレーンもつくれるし、春にはおいしい山菜やタケノコも食べられる。自然も守れて、余計なエネルギーも使わずに、いいことばかり」
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ゆっくりと凍ることで、密度が高く硬い氷になる天然氷。かき氷にすると、まるで羽毛のようなふわふわな食感で、柔らかく口の中で溶けていきます。冷たいけれど冷たすぎない、硬いのに柔らかい。そんな自然からの謎かけのような天然氷のかき氷は、山と人の手によって生まれているのです。
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Text/Reiko Kakimoto