不遇のグルメが人をつなぐ

全国各地で町おこしの活動がさかんに行われていますが、栃木の郷土料理「しもつかれ」をテーマにした地域振興の取り組みはいっぷう変わっています。活動に参加するユニークな人たちと触れ合い、栃木市ならではの町の雰囲気を感じてみませんか?

栃木県を中心に食べられている「しもつかれ」。県外での知名度はそこまで高くありませんが、地元では知らない人がいない郷土料理です。ただし人気はいまいちで、「しもつかれは苦手」という人がたくさんいます。そんな不遇の食べものですが、にわかに注目を集めているのです。その陰には一人の仕掛人の存在がありました。

県内では、世代を超えた共通言語!

栃木市出身のグラフィックデザイナーである青柳徹さんは、東日本大震災の際に復興ボランティアに参加したことがきっかけで、地域の文化や共同体の大切さを再認識したそうです。地元にもどって“栃木らしさ”を守るためになにかをしたいという思いに駆られたといいます。
当初は、町おこしの活動をしているいくつかの団体の活動のサポートをしようと考えましたが、やはり自分自身の仮説・検証の場を持ちたいと、青柳さんは自らしもつかれをテーマにした地域振興の企画をすすめることにします。
 
提供元:しもつかれブランド会議
提供元:しもつかれブランド会議
しもつかれに着目したのは、ひとえに人気がなかったから。青柳さんの専門であるブランディングやデザインという観点からはなにも施策がなされていなかったし、もともとの印象が悪かったので、そのぶん伸びしろがあると感じたそうです。
手始めに宇都宮の食料品店「大関商店」で販売しているしもつかれのパッケージをデザインします。重箱を模倣した容器に味わいの異なる4種類のしもつかれを詰め込んだものでした。この商品は予算の関係で売り出すことはできませんでしたが、自身のホームページに掲載したところ、興味をもった地元新聞社の取材を受けて記事化されます。これがきっかけとなって、「しもつかれブランド会議」が立ち上がりました。2018年のことです。
提供元:しもつかれブランド会議
提供元:しもつかれブランド会議

酒に、菓子に、歌に踊りに!?

しもつかれブランド会議は、ユニークな組織体です。現在、会員は30人程度。しもつかれを用いてなにかしらの活動をはじめる会員に対して、青柳さんがデザイン面で援助するというのが基本的な運営形態です。活動内容は会員によってまちまちで、多岐にわたります。
提供元:しもつかれブランド会議
提供元:しもつかれブランド会議
たとえば、ある会員はしもつかれを主題にした歌と踊りを考案し、青柳さんはそのときに着る法被をデザインするという具合です。この歌は現在CD化がすすめられています。また、那須烏山市にある島崎酒造と共同でしもつかれに合う日本酒も完成しました。
前編で紹介した「かねふくストア」などで販売している「菓子工房こぶし」のしもつかれを使用した菓子も、青柳さんの知り合いだった料理研究家の川村葉子さんが「渡守(トス)」というしもつかれ菓子のブランドを立ち上げたことがはじまりでした。
そういったしもつかれにまつわる情報は、ネットメディア「しもつかれJAPAN」や「しもつかれインフルエンサー」を名乗る地元住民のSNSを通じて県内外に発信されています。

「人」こそが観光資源

しもつかれブランド会議が立ち上がって5年が経ちました。県外から注目を集めていることもあって、地元住民のしもつかれに対する反応も好意的なものに変わってきたといいます。最近では「しもつかれを30年ぶりに口にしてみた」というような声もたくさん聞かれるそうです。そればかりか、かねふくストアではしもつかれにまつわるイベントを開催したり、くだんのインフルエンサーや青柳さんを目当てにファンの女性が訪れたりするようになりました。
提供元:しもつかれブランド会議
提供元:しもつかれブランド会議
しもつかれという地味な郷土料理が媒体となり、希薄になった人と人のつながりが再構築されているのです。これがまさしく青柳さんの狙いであり、その素地がこの地域にはまだ残っていたことが証明されたともいえます。そんな町の雰囲気を肌で感じ、直接彼らと触れ合うことこそが旅の醍醐味ではないでしょうか。
 
Text/Tetsuo Ishida