
東武浅草発→ラテン諸国行き。
東京から東武鉄道の特急を使っておよそ1時間30分。群馬県の大泉町は知る人ぞ知る「ラテンの町」です。全人口の約2割が外国人。町にはブラジルやペルーのレストランやスーパーマーケットが立ち並び、ポルトガル語やスペイン語の看板だらけ。「いったい、ここはどこの国なの?」と感じずにはいられない不思議な町、大泉の魅力を紹介します。
東武鉄道の館林駅から2両編成の列車がとことこ走る小泉線に乗り換えると、田畑が広がるのどかな車窓が続きます。ところが、20分ほどで到着する終点の西小泉駅はどこか異質です。黄色と緑のブラジルカラーを配した小ぎれいな駅舎を出てあたりを見渡すと、いたるところに見慣れない外国語の看板が――。
5人に1人が外国籍
群馬県邑楽郡大泉町は、県内でいちばん小さな町ですが、町内には「SUBARU」や「パナソニック」、「味の素」などの大規模工場を擁し、人口は4万2000人あまり。そのうち約20%を占める8000人以上が外国籍を保有しています。また、隣接する太田市も人口の約5.5%にあたる11000人を超える外国人が暮らしています。

かつて多くの日本人が移民としてブラジルに渡ったのは、ご存じのとおりです。およそ200万人の日系ブラジル人がブラジル国内に在住しています。それから時が流れて1980年代になると、ブラジルがハイパーインフレに見舞われて経済が混乱。今度は彼らが職を求めて日本に渡ってきたのです。90年に出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正が実施され、日系2世、3世とその配偶者が在留資格を取得できるようになると、その流れは加速します。バブル経済に沸く日本の製造業の現場を彼らが支えたのでした。

なかでも大規模工場を抱える大泉町は労働力不足に悩み、積極的にブラジル人移民を誘致しました。その結果として、「リトル・ブラジル」と呼ばれるブラジル人街が形成されます。西小泉駅前を走る旧国道354号線のブラジル人向けのスーパーやレストランが軒を連ねる一帯が、いまはその中心地になっています。

のちにはペルー人も同じように移民として大泉の町にやってきました。現在は約4600人のブラジル人と約1100人のペルー人が大泉町に居を構えています。

スーパーや飲食店で海外気分
「スーパータカラ(SUPER MERCADO TAKARA)」や「キオスケ シ ブラジル(Kioske Cibrasil)」といったブラジル人向けスーパーに一歩足を踏み入れれば、そこは異国の地。見たこともないような食材や調味料がところ狭しと並びます。

ポンデケージョをはじめとする焼きたてのブラジル式のパンや菓子を購入することもできます。隣接する食堂で軽食を味わうのもいいでしょう。

日本でもっとも歴史のあるブラジル料理店「レストラン ブラジル」やペルーの東北部にルーツを持つ店主が営む「アイユス レストラン」、ペルーの名物米料理の名を冠したレストラン「タクタク」など、ブラジルとペルーのレストランもたくさんあって、その数は両手ではききません。東京にもブラジル料理やペルー料理のレストランはありますが、大泉では日本人向けに調整されていないありのままの食文化を体験することができます。

文化の違いを乗り越えて
西小泉駅の東側、かつてブラジル人向けスーパーがあった場所に大泉町観光協会が入居しています。「世界がぎゅーっと、おおいずみ。」を合言葉に、移民や彼らの文化を観光資源として訴求している半官半民の団体です。協会のなかには移民や町の歴史を紹介した「日本定住資料館」があるほか、観光客向けの情報をまとめた地図なども配布しています。大泉を探索するのであれば、まずは訪れてみてください。

協会は2007年に設立されました。以前は文化の違いもあって移民と日本人住民との間でトラブルも絶えなかったといいますが、近年はある程度友好な関係を保つことができているそうです。とくに多くの移民が職を失った08年のリーマンショック以降、大泉に残ったブラジル人が地元の日本人と共存する姿勢を示したことが大きかったようです。

最近はネパール、ベトナム、タイ、カンボジアといったアジア地域からの技能実習生や出稼ぎ労働者も増えていて、いまでは約50ヵ国もの人々が大泉町で暮らしています。

それにともなって、彼ら向けの食料品店や飲食店も目立つようになってきました。まさに「世界がぎゅーっと」。大泉はラテンの町からインターナショナルな町へと変貌を遂げようとしているのです。

コロナ騒動が収束したことによって、各種の取り組みも復活しています。毎月第4日曜日には西小泉駅近くの「いずみ緑道 花の広場」で「活きな世界のグルメ横丁」という各国の料理を味わえる催しを開催。ほかにも日系ブラジル人による町の案内やサンバ衣装体験といった事業を協会が実施しています。

東京から東武鉄道でわずか90分の場所にある異世界。そこに暮らす多彩な国籍を持つ彼らの生き生きとした姿と食文化を体験してみてはいかがでしょうか。

Text / Tetsuo Ishida