石灰岩から湧出する国内屈指の名水。

栃木県は、北部に連なる山々や森を水源とする伏流水が県内各地に湧き出ています。中でも佐野市の磯山弁財天の麓、石灰岩の割れ目から湧出する出流原弁天池湧水は、豊富なミネラルと高い透明度を誇り、「日本名水百選」(環境省)に選定されています。古くから飲用だけでなく、農業や産業にとっても欠かせないこの水は、美しく清らかな地域の暮らしにとっての憩いの水でもあります。

関東平野の北端、佐野市郊外にある磯山公園。標高150mほどの磯山のふもとに「出流原弁天池」は森閑と佇んでいます。
Photo by Yoma Funabashi
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佐野市には石灰石鉱山が多数存在し、全国有数の生産量を誇ります。磯山は、約5億4000万年前~約2億5000万年前の古生代に形成された日本最古の地層である古生層の石灰岩から形成されており、周囲約138m、面積約1070㎡の出流原弁天池も石灰岩の割れ目から湧出した地下水(以下、湧水)によって満たされています。
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軟水と硬水の特徴を併せ持つ名水

湧水は、石灰岩の厚い層を通りろ過されているため、炭酸水素カルシウムを多く含みます。硬度は平均76.5mg/l〜92.5mg/lで、98.7㎎/lと測定されたこともあります。
水の硬度については国ごとに解釈が異なり、日本では硬度100mg/lを境に軟水と硬水を分けていますが、WHO(世界保健機関)の基準では、0~60mg/l 未満を「軟水」、60~120mg/l 未満を「中程度の硬水」、120~180mg/l 未満を「硬水」、180mg/l以上を「非常な硬水」としています。
例を挙げると、ヨーロッパを代表するミネラルウォーター「エビアン」は硬度304 mg/l、「コントレックス」は1468 mg/lです。一方、日本のミネラルウォーターは超軟水か軟水。水道水の全国平均も48.9mg/lです。
湧水は言わば、日本では比較的珍しい「硬水よりの軟水」。硬水の特徴であるミネラルの豊富さや水自体のコクと、口当たりが柔らかくて日本人が飲みやすいと感じる軟水の特長を合わせもったバランスの良い水質です。
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さらに、湧水の水温は年間を通じて約16~17℃です。長野県の安曇野わさび田湧水群は年間平均15℃程度、熊本県の白川水源は約14℃、同じ栃木県内の尚仁沢湧水は11℃前後と他と比べると、やや水温は高めです。硬水、軟水で若干異なりますが、一般的に人は体温よりマイナス20~25℃の水をおいしいと感じるといわれています。湧水は、飲用に最適な温度を常時保っていることになるのです。
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湧出量は年によって多少変動するものの、平均して一日約2400t(約10年前のある調査では2500~5000tという報告も)。小学校のプール約7杯分が湧き出ていることになります。尚仁沢湧水は湧水量65000t/日であるため決して豊富とは言えませんが、渡良瀬川につながる出流川の水源の一つとして、生活用水、農業用水として、古くから親しまれてきました。

微かなとろみとまろやかな味わい

弁天池の目の前に位置する「ホテル 一乃館」の敷地内では、この湧水を汲むことも可能で、地元では水が味わいに大きく影響するコーヒーの抽出、日本酒の仕込み、豆腐づくり、ラーメンのスープづくりにも活用されています。また、湧水の沸かし湯(鉱泉)に入れる「赤見温泉」も近くにあります。
さらに、この水を活用した鯉やマスの養殖も盛んで、同ホテルや池のほとりの「福寿荘売店」では「鯉のあらい」が名物。湧水の中で1~2週間泥を吐かせるため臭みがなく、身は引き締まって食感が良いとのこと。鯉のあらいを提供している「旅館 福寿荘」を営む小倉健一さんは「仕入れた鯉がこの湧水で生まれ変わるんです。お客様から『他で鯉のあらいが食べられなくなる』という声もいただきます」と淀みない自信を言葉にします。
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1985年に日本名水百選(環境省)に選定されたこの湧水。名水百選の選出基準に、親水性や安全性、水利用の状況、保全活動など人との関わりの持続性、将来性も入っています。出流原弁天池、その周辺は観光協会、地元ボランティア団体、水利組合など多くの団体が管理し、定期的なゴミ拾いや清掃活動などの環境保全活動を行っているそうです。

守る人がいるからこそ

地元ボランティア団体「いそやま友の会」の代表も務めている小倉さんによれば「水は生きている」そう。現に昔より採水量が減っているとのことで「天候や環境に伴う水(質)の変化に気付き、その価値を繋いでいくことが使命だ」と言います。
出流原弁天池の湧水。服すと微かなとろみがあり、まろやかな味わいが喉に優しい余韻を残します。ゆっくりと体中に染み渡る感覚を覚え、全身が清められていくようです。
 
Text/Atsuko Ichimura