「白焼き」を入口に、川の食文化に思いを馳せる。

那須岳を水源とし、天然アユの遡上日本一で知られる清流、那珂川。「東の四万十川」と称される那珂川と那須塩原の山間を源にする箒川が合流する里山に創業し約60年。川魚の製造・販売、そしてアユとウナギの養殖で知られる「林屋川魚店」の看板商品の一つが「うなぎの白焼き」です。川魚特有の臭みがなく、程良い弾力とウナギ本来のうま味を味わえるだけでなく、この地域に根付く川魚文化まで堪能できる逸品です。

栃木県北東部に位置する那珂川町は、「西の四万十川、東の那珂川」と称される「那珂川」が八溝山地の雄大な峰を東に望み、町のほぼ中央を流れています。
延長約150㎞、茨城県を抜けて太平洋に注ぐ那珂川はダムや堰などの横断構造物が少なく、自然な流れを保っています。そのため、アユ、アイソ、フナ、ナマズ、ウナギ、サケ、マスなどが豊富に獲れ、今のように流通の発達していない頃は、海に面していない栃木の貴重なタンパク源の一つでした。
Photo by Yoma Funabashi
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特にアユは「天然アユの遡上日本一」と言われ、日本釣振興会から「天然アユがのぼる100名川」にも選定され、現在も全国屈指の漁獲量を誇ります。
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「今年のアユはどうだい」。初夏の頃、かつて全国各地で交わされたあいさつが今もなお、那珂川流域の里山には残り、アユ漁の仕掛けとして川瀬に設置されるヤナも季節の風物詩として多くの観光客を集め続けています。そして、アユの塩焼き、甘露煮といった川魚料理も郷土の大切な文化として現代に受け継がれています。
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アユとウナギを二大看板商品に掲げる「林屋川魚店」の二代目小林博社長は語ります。 「やはり、ウナギは白焼き。ごまかしが効かないですから。この辺りは昔から、川で獲った天然のウナギを自宅で捌いて焼いて食べることがどこの家でも当たり前。白焼きで十分美味しいため、蒲焼にする理由がなかった。そんな習慣が今でも残っているんです。本来はできる限り食べる直前に手を加える方がおいしいですからね」 川魚に対するなじみが深い分、鮮度へのこだわりも強く残っているのかもしれません。
Photo by Yoma Funabashi
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林屋川魚店は、1964年創業。漁師から仕入れた川魚を市場に卸す商いから始まりました。1998年の那須水害で被害を受けた河川の復興を願う地域の要望を受け、2003年からアユの養殖に着手。一年を通して安定した供給ができるようになりました。
いっぽうのウナギは、国内の契約産地から仕入れ、那珂川の伏流水が満ちた生簀で一定期間育成し、泥を抜いた後に活き締めしています。活き締めに使う水質が悪くてはうま味や脂が流れ、かえって味を落としてしまうとのこと。水質の良い伏流水が美味しさの一因なのです。
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2014年からは自社の養鰻場での養殖にも取り組んでいます。身の肥える秋の旬以外も一年を通して程よく脂ののった食べ頃の状態で、一匹一匹の成長を観察しながら、絶好のタイミングで提供できるようになりました。
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自社養鰻場で育てたウナギの身は、箸で押すと活きの良さを証明するかのように端先をぐっと押し返してきます。程良い弾力は炭火と脂が織り成す香ばしさを纏い、口中に抜群の存在感を残していきます。川魚特有の臭みも感じず、うま味を存分に味わえる…。この「うなぎの白焼き」は、地元はもちろん、県外にも多くのファンを持ち、親子2世代、3世代で通う人もいるほどです。
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ウナギ本来のうま味、肉質の力強さを物語る味わいの要は「水」。うなぎの特性と地域資源を生かした「水づくり」にあります。 林屋川魚店では、先行してアユの養殖に着手していましたが、水づくりは全く別物だったそうです。 「アユは伏流水かけ流しできれいな水を循環させることが重要。しかし、ウナギは少し濁った水の方が落ち着く。人の考えるきれいな水とウナギの住みやすい水は違うことを学びました」
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毎日ウナギの様子を観察し、pH、アンモニア、硝酸など水の数値も測定して伏流水を足したり引いたり、温度を上げたり下げたり。微妙な変化も逃さないよう細心の注意を払い、清流を生かした、ウナギにとって心地良い環境を整えています。
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水温も重要です。ウナギは水温28℃前後を好みますが、養鰻場のある地域は寒冷地です。水温の保持が大きな壁となっていましたが、県北木材協同組合からの提案で、地元の製材業者による間伐材を活用したバイオマス発電の余剰熱を活用することに。1年間の実証実験を経て、地域資源を循環し、新たな雇用も創出する熱源を確保し、養鰻を実現しました。
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また、エサはタラの脂からとった魚油など旨味を向上させる材料を独自に配合。稚魚から育て上げ、食べ頃を見極めて出荷できることが一層の強みになりました。
アユは養殖を始めたことで、春の稚魚、続いて五月鮎、若鮎、成魚、名残の鮎と季節感を出せるようになり、洋食にも使える「鮎のオイル煮(OIL SWEET FISH)」の開発などにも展開しました。小林社長は「ウナギも同じように表現の幅を増やしたい。そして、かば焼き、最終的に白焼きにたどりついてもらえれば」と温かな眼差しをお客さまでにぎわう店内に注ぎます。
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店の一角にある調理場では20〜30代の若い職人たちが生き生きとウナギやアユをさばき、店先で炭火焼き、甘露煮にしてゆく光景は、清流に恵まれた里山ならではの暮らしぶりを想起させます。
地元企業によるバイオマス発電を使った循環型地場産業に積極的に取り組みながら、地域固有の食文化が各地で薄れつつある今の時代でも変わらず川魚文化を体現し続けている林屋川魚店。今日も炭火の煙、しょう油と砂糖の甘い香薫が里山、川の情景と共に、人々の心に染み込んでゆきます。
 
Text/Atsuko Ichimura