本日のメインのお料理は、水です。…???

日本列島は水に恵まれ、各地で「名水」と呼ばれる天然水が採水されています。栃木県も例外ではありません。宇都宮にあるレストランでは、その「水」をテーマにしたコース料理を提供しています。どのような思いでこのコースをつくったのでしょうか。地元・栃木を愛するレストランオーナーの挑戦を紹介します。

JR宇都宮駅から車で5分程度の場所にあるワインレストラン「HACHINOJO」は、2023年2月に創業18周年を迎えました。質の高い料理とサービスや居心地のよい空間づくりが地元住民に支持され、着実に常連客をつかんできました。それが20年からのコロナ騒動によって、一気に暗転します。営業ができない。営業ができてもワインが出せない。なによりお客さんが来ない――。
photo by Yoma Funabashi
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レストランオーナーの苦悩

オーナーソムリエの湯原知久さんは、ほかの多くの飲食店オーナーと同様に、「なんのために店をやっているのか」と苦悩します。そのなかで出した答えのひとつが、「なにかを残したい」ということであり、湯原さんにとってそれはすなわち、地元である栃木の食材のすばらしさをなにかしらのかたちで表現するということでした。
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では、栃木の魅力を伝える料理とはどんなものなのでしょうか。湯原さんと従業員が議論を重ね、たどり着いた答えが「水」でした。日光連山から湧き出る清らかな水の存在があるから、おいしい川魚が獲れ、みずみずしい野菜や健康な牛や豚も育つ。水がすべての食材や料理の源であると考えたわけです。
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3年がかりで完成した「水のコース」

水をテーマにしたコースを提供することにした湯原さんですが、前代未聞の試みであり、完成するまでには3年もの歳月がかかりました。じっさいに料理を考案したのは、イタリア料理の経験が長い相馬薫シェフです。
photo by Yoma Funabashi
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すべての料理に「水」という要素をからめなくてはならないという制約のもとで何度も試作を繰り返し、苦心惨憺の末にようやく「美水の国の豊かさを楽しむコース」(10皿、税別1万3000円)を完成させました。以下でその内容を紹介します。

1の皿 伏流水の一杯

湯原さんが「世界に対して自慢できる」と話す日光連山の地下からくみ上げられた伏流水です。栃木市の食品加工会社である株式会社忠悦から仕入れた水を10℃に冷やし、専用のデキャンタで提供します。このあとの料理には、すべてこの水を使っています。
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2の皿 麻炭の生地に載せた瑞々しい鮎の蒸し焼き

栃木県南部を流れる永野川の清らかな水で育った鮎を米粉に野州麻炭を加えて香ばしく焼いた生地と一緒にいただくアミューズです。川魚は、湯原さんの奥さんの実家でもある那須にある林屋川魚店から仕入れています。
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3の皿 柑橘風味の「水のドレッシング」のサラダ

益子から真岡に移った川田農園の旬の野菜を使用。雨上がりに野菜につく水滴をイメージしたドレッシングを合わせています。このドレッシングも、寒天を加えたライム水をオリーブオイルに垂らしてしずく形に固めた相馬さんの苦心の作です。
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4の皿 水源の近くで育ったクレソン 那須高原和牛ステーキを添えて

主役は伏流水の水源近くで育った味わい豊かなクレソンです。那須高原で生産された黒毛和種のフィレ肉のステーキとともにいただきます。まずはオリーブオイルと塩だけで、続いて赤ワインベースのステーキソースとともに味わう仕立てです。
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5の皿 とろけるように柔らかいネギの水煮

日光連山の伏流水で白ネギを水煮にしました。味つけは若干のコクを出すために調味料として使ったベーコンと塩だけです。ネギの甘みとやわらかい食感を純粋に味わうことができます。
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6の皿 うなぎの香ばしい炭火焼き

那珂川で育ったウナギの炭火焼きに喜連川の水で仕込んだ醤油と那須塩原を流れる清流で育ったワサビを添えています。このウナギも林屋川魚店のものです。
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7の皿 炊き立ての石井米

ウナギの炭火焼きは、日光連山の伏流水で炊いたご飯と一緒にいただきます。無農薬のコメは二重蓋になっている特注の土鍋で炊き上げています。
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8の皿 3種の有機野菜のぬか漬け

自家製のぬか漬けも添えられます。シャキッとした歯ごたえとみずみずしさを生かしたまま味わい豊かな野菜を漬けています。
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9の皿 バターと名水で作った「水のバタークリーム」と苺のミルフィーユ

デザートは牛乳の代わりに水で仕立てたすっきりとした味わいのバタークリームと県産イチゴのミルフィーユです。
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10の皿 爽やかな締めの黒羽和紅茶

デザートには日光連山の伏流水で淹れたお茶「雲巌の静謐」を合わせます。
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ジャンルを越えた「栃木料理」

以上がコースの概要です。お気づきの通り、和食やイタリアンといった料理のジャンルを越えた品々で構成されています。湯原さんはこれを「栃木料理」と表現します。
飲料のペアリングコースは用意していませんが、さくら市の「仙禽」(株式会社せんきん)がつくる矢板市のリンゴを100%使用した「ドメーヌパーラー・ナチュールシードル」や鬼怒川の水で仕込み、蔵付きの菌で発酵させた酒「オーガニックナチュール」などの県産のドリンクを各種用意しています。湯原さんにお願いすれば、きっと好みの一杯を選んでくれるはずです。
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また、器には湯原さんの知人が運営するギャラリーから紹介してもらった栃木で活躍する若手作家の作品を使っています。ギャラリーの方がじっさいに料理を食べ、その印象に合わせて作家を選んだそうです。それゆえに料理と器の温度感が一致していて、食べ手の料理に対する印象がより深まることになります。
栃木愛にあふれたレストランオーナーの思いが詰まった「水のコース」は、1日1組限定で味わうことができます。栃木の食の豊かさを体験してみてはいかがでしょうか。
 
Text/Tetsuo Ishida