太くて黒い焼きそばの物語。

群馬県の太田市を中心にした地域には、地元住民に親しまれて続けている老舗の焼きそば店が数多くあります。麺は極太で、色は真っ黒。味わいはかなり甘いので、好き嫌いは分かれるかもしれませんが、一度気に入るとクセになる。そんな個性派焼きそばの誕生秘話を紹介します。

太田の名物のひとつに「焼きそば」があります。静岡県の富士宮、秋田県の横手と並んで「日本三大焼きそば」の一角を占めるといわれることもあるようです。「上州太田焼そばのれん会」に加盟しているだけでも、30店近くの焼きそば店がありますが、そのなかでも草分け的な存在が「岩崎屋」です。
photo by Yoma Funabashi
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リヤカーで生まれた伝統の味

二代目の岩崎喜代次さんの両親が、昭和32年にリヤカーで焼きそばを販売したのがはじまりです。戦後しばらくは満足な職もなく、屋台を営んでいた知人に勧められ、商売をはじめたといいます。
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中古のリヤカーを購入し、屋根をつけるなどして改造。創業当初、火力は練炭を用いていたそうです。まだ小学生だった岩崎さんもリヤカーを押して手伝いました。その後、一度は自動車教習所に就職して教官を務めていた岩崎さんですが、長男ということもあって32歳のときに2代目として店を継ぎます。昭和54年のことでした。
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1年ほど修業しながら、もっとおいしくなるようにと自分なりに材料や調理法の研究を重ねました。ところが、岩崎さんが苦労してつくった焼きそばを提供したところ、お客さんには「ふざけんじゃない!」と怒られてしまいます。「お前の焼きそばを食べに来たんじゃないんだ」と。これを機に岩崎さんは、お客さんは創業からの変わらぬ味を求めているのだと気づき、伝統の味を守り続けることにしたといいます。
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太くて黒くて甘い

岩崎屋の焼きそばは、見た目も味もかなり個性的です。まず、麺は極太で、うどんくらいの太さがあります。「太麺のほうが量が多く見えるからね」と岩崎さんは笑いますが、じっさいに食べ応えは十分です。以前仕入れていた製麺所が廃業したために、いまは太田市内の「吉田食品」に特注しています。
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この極太麺に栃木県足利市にある「月星食品」のウスターソースを基本にした特製ソースを絡めるのですが、加熱調理の方法も独特です。最初に年季の入った鉄板の上にラードを敷いて麺を軽く炒めてから蓋をかぶせて蒸し焼きにします。そこにソースとキャベツを合わせてから、さらに蒸し焼きに。こうすることで太い麺にもソースの味が十分に浸透するのだといいます。
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完成した焼きそばは、黒光りしていて強烈な印象です。麺はやわらかく、キャベツとラードによる自然な甘さにくわえ、コクのあるソースも甘めの味わい。小さな子どもや年配の方に人気だというのもうなずけます。甘いのがちょっと……という人は、卓上のソースをかけて辛味を増すこともできます。
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いまも昔も庶民の味方

焼きそばは小245円、中365円、大490円……と10サイズを用意しています。小や中でも十分にお腹いっぱいになる量ですから、びっくりするくらいの安さと分量です。
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近年は県外からの観光客も少なくありませんが、いまも昔と変わらず、安くておいしい庶民の味方として地元住民に親しまれているのです。
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岩崎屋では、焼きそばのほかにも名物の焼きまんじゅうや味噌おでんなども提供しています。「上州太田焼そば」の先駆けであり、太田の人たちにとって故郷の味ともいえる唯一無二の真っ黒な焼きそばを味わってみませんか。
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Text/Tetsuo Ishida